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論文や本の紹介(過去の履歴) |
2014年12月22日(月) No.81
Rietschel, J.C., Goodman, R.N., King, B.R., Lo, L.C., Contreras-Vidal,
J.L., & Hatfield, B.D. (2011). Cerebral cortical dynamics and the quality
of motor behavior during social evaluative challenge. Psychophysiology,
48, 479-487. doi: 10.1111/j.1469-8986.2010.01120.x
<コメント>脳波測定を用いて運動学習やプレッシャー下でのスキル遂行に関わる中枢神経機能を調べる研究に取り組むUniv. of Maryland
(USA) のProf. Hatfield氏のグループの研究になります。ポインティング課題を実施する際の脳波を記録し、脳波の周波数解析を行い、脳部位間の各周波数の時系列データの相関によって算出されるコヒーレンスが求められています。この指標は大脳の部位間がいかにリンクして活性しているかを反映します。この研究では、ビデオ撮影があり、さらには賞金をかけたプレッシャー条件でポインティング課題を行う際は、非プレッシャー条件に比べて、γ波が増大し、さらには左中央野と前頭前野、頭頂野と前頭野、視覚野と前頭野のβ波コヒーレンスが増加することが示されています。また右側頭野と前頭前野のβ波コヒーレンスはプレッシャー下で減少しています。このような脳活動の変化に伴いポインティング動作の軌跡の変動性で算出されるパフォーマンスはプレッシャー下で小さくなっており(動作の一貫性が高まる)、プレッシャー下でのパフォーマンス向上(clutch)現象に関与する脳活動の変化であることが考察されています。近年の研究では、プレッシャー下でのパフォーマンス低下(choking)だけではなく、この研究のようにclutchに関わる神経生理学的および運動学的なメカニズムを報告する論文も増えてきています。
2014年12月10日(水) No.79
Hoffman, M.A., & Koceja, D.M. (1995). The effects of vision and task
complexity on Hoffmann reflex gain. Brain Research, 700, 303-307. doi:
10.1016/0006-8993(95)01082-7
<コメント>低次中枢における運動制御機能である脊髄反射が心理的な要因の影響を受けることを示した基礎的な研究を紹介します。両足での立位状態でヒラメ筋H反射を記録するというシンプルな実験ですが、立っている床面が硬い地面の条件と不安定なトランポリン上の条件の2条件を設けています。さらに各条件では開眼と閉眼の条件を設けており2×2の4条件でヒラメ筋H反射を記録し、条件比較が行われています。結果は非常にクリアで分かりやすいものであり、不安定な床面や、閉眼にときにはH反射が小さくなっています。課題の難易度が高まることで、上位中枢の運動制御機能が優位にはたらき、低次中枢の脊髄反射は減衰することや、その際に脊髄におけるシナプス前抑制がはたらくこと、閉眼時の反射の減少は前庭入力の影響が関与していることなどが考察されています。当研究室ではプレッシャーや感情、注意といった心理的要因によって脊髄反射がどのような影響を受けるかを調べる実験研究にも取り組んでいます。開始当初は脊髄反射の増減を仮説とはせずに、反射の大きさが変わらないことを実証したいという軽い気持ちから取り組み始めた研究なのですが、いざ先行研究を調べたり、自身の実験を進めていくと、この研究のように心理的要因によって脊髄反射が小さくなるという研究結果が多く存在します。スポーツ心理学分野では脳波測定などを活用し、高次中枢に焦点をあてた研究はとても多いのですが、これらの研究結果から低次中枢も絡めた運動制御機能を調べる研究も重要でであることを痛感しています。
2014年12月1日(月) No.78
平井伯昌(2004)世界でただ一人の君へ:新人類北島康介の育て方.幻冬舎.
<コメント>後期の木曜の1限目は共通教養の講義科目(体育館での4回の実習も含む)で「健康・スポーツ指導の理論と実際」という授業を開講しております。共通教育の授業ではありますが、教育地域科学部と工学部の1〜4年生が受講可能であり、体育会に所属し競技スポーツに取り組んでいる学生やクラブチーム等でコーチをしている学生、さらに市民開放授業でもあることから学外からの受講生もあり、私も刺激を受けながら授業を展開しています。その講義のなかで「言葉やビデオを用いたコーチング」というテーマの回があり、適切かつ有効なフィードバックの活用法の話をしています。この講義のなかでは、現競泳日本代表のヘッドコーチを務められている平井伯昌先生の言葉やビデオを活用した実践的な指導法も話題にあげています。今回の紹介図書は平井先生の複数の著書の1つであり、北島康介選手との出会いからアテネオリンピックで100mと200mの平泳ぎ2冠に至るまでの歩みやコーチングが詳細に書かれています。「メンタルトレーニングはそれほど重要視していない」という言葉もありましたが、プレッシャー、目標設定、モチベーション、集中力などなどメンタル面の話題はとても豊富で、オリンピックで金メダルを獲得するというプロセスにおける心理面やコーチングを体験者の重みのある語りとして学べる一冊になります。
2014年11月25日(火) No.77
Adler, C.H., Crews, D., Kahol, K., Santello, M., Noble, B., Hentz, J.G.,
& Caviness, J.N. (2011). Are the yips a task-specific dystonia or "golfer's
cramp"? Movement Disorders, 26, 1993-1996. doi: 10.1002/mds.23824
<コメント>イップスを罹患しているゴルファーの運動制御機能がどのような障害を受けているのかを調べる研究が徐々に出てきています。この論文では、自己申告を基にイップスを患っているゴルファー(25名)と患っていないゴルファー(25名)に対してゴルフ場の練習グリーンでパッティングを実施させ、上腕と前腕の筋活動、さらには手の動作を調べています。これらの2群に顕著な差が見られた変数はなかったのですが、パッティングの様子を実験参加者に気づかれないようビデオ撮影し、その映像を基に、パッティング時に手の不随意運動(震えなど)が生じている17名とその他の33名を比較すると、不随意運動が生じているゴルファーに限定的に前腕の屈筋と伸筋の共収縮が大きく、そのように筋を硬直した状態でパッティングしているにも関わらず、手首の回内・回外運動がパッティング時に大きくなるという症状が生じていました。この結果から、前腕の共収縮や手首の回内・回外運動が大きくなることがイップスの兆候としての判断材料になることが提案されています。しかしながらイップスは緊張感の高い試合場面において顕著に生じる現象でもあるため、試合場面のようなリアリティーの高い状況での研究が必要であることも提案されています。
2014年11月18日(火) No.76
Spencer, S.M., & Norem, J.K. (1996). Reflection and distraction: Defensive
pessimism, strategic optimism, and performance. Personality and Social
Psychology Bulletin, 354-365. doi: doi: 10.1177/0146167296224003
<コメント>一般的に物事を肯定的に捉えるプラス思考が強い人は、方略的楽観主義者(OPTs: strategic optimists)と呼ばれ、過去の成功を基に未来の成功を予想します。一方の物事を否定的に捉えるマイナス思考者の中には、防衛的非観主義(DPs:
defensive pessimists)と呼ばれ、過去に成功経験があるにも関わらず未来の失敗を予想する人が存在します。マイナス思考と聞くと一見良くない気もしますが、このような未来の予期方略を持つ人は、細部に渡って入念な準備やリハーサルを実施し、そのような準備を基に困難な状況に対処できる能力に長けており、物事に成功する確率が高いという特徴を有しています。このような性格を有するアスリートも多く存在し、このようなアスリートに対して単に成功を想定したメンタルサポートを実施すればよいのかは問題視されます。この論文では、ダーツ投げ課題を用いて、防衛的非観主義者は、「ミスをした後の試行で成功するために動作を修正する」イメージ(coping
smagery)を描く方が、「成功するイメージ」(mastery image)や「身体をリラックスさせるイメージ」(relaxation imagery)よりもダーツ投げの正確性が高まることが示されています。加えて、方略的楽観主義者においてはrelaxation
imageryがcoping imageryやmastery imageryに比べて正確性が高いことも示されています。イメージトレーニングというと「成功プレー」をイメージするという印象が強いのですが、この論文ではプラス思考とマイナス思考に関連した性格特性に応じてcoping
imageryやrelaxation imageryの方がスポーツパフォーマンスに有益であることを提言しています。イメージトレーニングの多様性や、性格に応じたメンタルサポートの必要性にも繋が貴重なるデータとも考えられます。
2014年11月11日(火) No.75
古屋晋一(2012)ピアニストの脳を科学する―超絶技巧のメカニズム―.春秋社:東京.
<コメント>読み終えての「いや〜面白かったあ〜」の第一声に尽きます。表紙の帯には『脳科学・身体運動学からひもとく音楽する脳と身体の神秘』と書かれてあり、ピアニストやバイオリニストなどの音楽家を対象とした脳科学や身体運動学分野の膨大な学術研究の結果が分かりやすく説明されています。書かれている内容が「すぅ〜」と頭の中に入ってきて、とても理解しやすかったです。研究の対象は音楽にはなりますが、スポーツ科学を研究する立場からも非常に勉強になり、「芸術はスポーツでもあり、スポーツは芸術でもある」ことを改めてひしひしと感じることが出来ました。とくに、第5章の『ピアニストの故障』で紹介されているフォーカル・ジストニアや、第8章の『感動を生み出す演奏』における音楽に感動するときの脳活動は、スポーツ心理学に身近な内容に感じました。
2014年11月6日(木) No.74
Jackson, R.C., Beilock, S.L., & Kinrade, N.P. (2008). "Choking"
in sport: Reserch and implications. In D. Farrow, J. Baker, & C. MacMahon
(Eds.), Developing Sport Expertise: Researchers and Coaches Put Theory
into Practice. 2nd ed. (pp. 177-194). Abingdon: Routledge.
<コメント>プレッシャーとスポーツパフォーマンスに関する研究は国内外で相当の数がありますが、これらの研究をまとめた本チャプターは限られています。数少ないチャプターの1つを紹介します。注意や方略などの視点からプレッシャー研究を進めているJackson氏、Beilock氏、Kinrade氏の3名の著者によるチャプターであり、私自身が面白いと感じた点は、サッカーワールドカップやNBAファイナル、MLB(メジャーリーグベースボール)のワールドシリーズなどの大きなプレッシャーのかかる試合での成績が数字で表されており、アカデミックな論文の研究結果だけではなく、分かりやすくプレッシャーの負の影響を理解できる点でした。その他にも、「あがり」が生じる理由として注意、イメージ、ルーティンの欠如などの研究がまとめられており、「あがり」の対処法としてもプレッシャー下での練習、ルーティンの使用、プレーの方略に意識を向けることなどが紹介されています。章末には、これらの内容を1ページの図としてまとめており、「あがり」が生じる原因やその対処法を一目で理解できる図となっています。最後に、オーストラリアのテニスチームのナショナルコーチの、この章の内容に対して賛同的でもあり、批判的でもあるコメントを4ページに渡って紹介されています。学術的な情報はさほど多くはないのですが、実践的な観点から「あがり」について学ぶ内容が多いチャプターに感じました。
2014年10月28日(火) No.73
Swinnen, S.P., Schmidt, R.A., Nicholson, D.E., & Shapiro, D.C. (1990).
Information feedback for skill acquisition: Instantaneous knowledge of
results degrades learning. Journal of Experimental Psychology: Learningk
Memory, and Cognition, 16, 706-716. doi: 10.1037/0278-7393.16.4.706
<コメント>共著での著書執筆の仕事に携わっており、そのネタ集めに運動の制御と学習に関する古い論文を読む機会を得ています。この論文では、運動学習時に結果の知識(KR:
Knowledge of results)を即時に与えるよりも、少し時間を置いて与える遅延フィードバックが効果的であることが実証されています。迫ってくるLED光点に対して正確なタイミングでアームレバーによる打撃を行う、バッティングシミュレーション課題を用いて、学習時
に課題終了0.2秒後から4秒間KRを与えた即時フィードバックに比べて、3.2秒後から4秒間KRを与えた遅延フィードバックが、10分後、2日後、4か月後の保持テストにおいて高いパフォーマンスを発揮できていることが示されています。古い論文からの知見に関しては、さまざまな著書内で紹介されている情報を知る程度に留めがちでしたが、このような機にオリジナルを読むことで、正確な研究方法やデータを把握することができ、理解を深める良い機会となっています。
2014年10月21日(火) No.72
山本裕二・中込四郎・井箟 敬・工藤敏巳(1986)逆U字仮説に対する注意の狭小化からの再検討.体育学研究,30,117-127.
<コメント>体育学研究における30年近く前のプレッシャー研究を読み逃していました。他の論文を探している時にふと発見し、読み進めました。ポジティブ教示、ネガティブ教示、ビデオ撮影、他者評価のストレッサーの使い分けることでストレスの強度を操作した3群(低群、中群、高群)を設け、主課題(的の中心に向かって移動してくるランプが的に到着するタイミングに一致するようにテニスボールを的に向かって正確に投げる)、二次課題(的の周囲にある光刺激(24選択)に対して正確かつ迅速に反応する)、三次課題(ヘッドフォンに流れる音楽の種類数、時間、順序を答える)を実施させています。この手続きによって、ストレス(覚醒水準)の強度とパフォーマンスの関係を示す逆U字仮説に対して、注意がどのように影響するのかを検証できる実験になります。主な結果をまとめると主課題に関してはストレス中群のパフォーマンスが最も高い逆U字現象が見られています。しかし、二次課題や三次課題はストレスが低⇒中⇒高と大きくなるにつれてパフォーマンスが低下し、この結果は逆U字仮説に注意容量や注意狭小といった注意が影響していることを反映しています。注意容量と注意狭小のどちらが影響しているかまでは断定できない結果ではありますが、プレッシャー下における運動パフォーマンスに関して、いまなお世界中で検証が続いている覚醒水準や注意に基づく理論に対して、30年近く前に入念に手の込まれた実験計画を基に、興味深い結果が得られている論文に触れることができました。
2014年10月16日(木) No.71
Vuillerme, N., & Nougier, V. (2004). Attentional demand for regulating
postural sway: the effects of expertise in gymnastics. Brain Researcj Bulletin,
63, 161-165. doi: 10.1016/j.brainresbull.2004.02.006
<コメント>二重課題法を用いて、スポーツスキルの熟練に伴って注意容量内の少ない負荷でスキルを実行することが可能であることを実証している基礎的な研究になります。固い地面の上で両足立ちや片足立ち、さらにはマットを置いた不安定な面の上で片足立ちをしたときのバランスのパフォーマンスを、足圧中心
(COP: Center of Pressure) という身体重心の動揺量を調べる指標から調べています。バランスのパフォーマンスにおいては体操選手と非体操選手の差はありませんでしたが、安定したバランスを取りながら
(主課題)、音刺激に対する単純反応課題 (二次課題) においては主課題の難易度が上がるにつれて、体操選手の方が早く反応できています。体操選手は難しいバランス運動を行っているときにも注意容量に余裕があるので、音刺激に対する早い反応が可能になります。10年以上の経験がある体操選手を対象に、バランス運動という基礎運動を用いて実験が行われており、様々なスポーツスキルに応用可能な結果に感じました。
2014年10月6日(月) No.70
兄井 彰・本多壮太郎・須崎康臣・磯貝浩久(印刷中)筋運動感覚残効が砲丸投げのパフォーマンスに及ぼす影響.体育学研究.
「体育学研究」早期公開のページにリンク
<コメント>最近、私自身の興味関心の方向性のせいか、知覚行為結合(perception action coupling)に関する論文を読む機会が増えています。今回の紹介論文では筋運動感覚残効とよばれる知覚と、スポーツスキルのパフォーマンスの関係が調べられています。野球のマスコットバットでのスイングのように、実際の打席で使うバットよりは重いバットや、逆に軽いバットを準備運動や練習に使用することはスポーツの実践場面でよく見受けます。これは重いバットや軽いバットでのスイングによって体に残る感覚(知覚)を活かして、その後のスキル発揮時のパフォーマンスに良い影響を与えようとしていると考えられます。このような知覚を筋運動感覚残効と呼びます。この論文の序論では、このような筋運感覚残効の運動スキルのパフォーマンスへの影響について正の影響、負の影響の双方から詳細かつ分かりやすくまとめられています。そのうえで、陸上の砲丸投げを運動課題に3つの実験に取り組まれており、重いボールを投げることによる筋運動感覚残効によって、より遠くにボールを投げれることに繋がることや、その効果は試行を重ねることで薄れていくこと、しかし3分の保持効果はあることが実証されています。考察では、バリスティックな大きな力発揮を必要とする運動課題であったためにこのような正の効果が得られ、精緻性やタイミングが求められる運動課題においては同じことが生じない可能性もあることや、正の効果の背景メカニズムとして筋の活動後増強(post
activation potentiation)、アフォーダンス知覚、動機づけなど生理面と心理面の双方から解説がされており、とてもに勉強になる論文でした。
2014年9月30日(火) No.69
Witt, J.K., Linkenauger, S.A., & Proffitt, D.R. (2012). Get me out
of this slump! Visual illusions improve sports perfromance. Psychological
Science, 23, 397-399. doi: 10.1177/0956797611428810
<コメント>2回前に紹介した論文と同様に、エビングハウスの錯視図形をゴルフパッティング課題におけるカップに利用し、カップが大きく感じるとパッティングの成功率が高まり、カップが小さく感じると成功率が低くなることが示されています。タイトルに「スランプ」と書いてあるため、スランプの選手を対象とした実験研究かと思い、興味津々で読んだのですが、そうではなくこの実験の結果から錯視の利用がスランプ脱出のキーになる可能性があるという考察がある程度でした。また錯視図形を利用しない統制条件も設けられていないため、通常時に比べて大きく感じることによってパフォーマンスが上がるのか、小さく感じることによってパフォーマンスが低下するのかを断定できないことも実験デザインの問題点と言えます。Short
Reportであるためこのような統制条件も含めた今後の研究の進展が大きく期待されます。
2014年9月16日(火) No.68
佐々木丈予・関矢寛史(印刷中)心理的プレッシャーが1歩踏み出し運動の初期姿勢ならびに予測的姿勢制御に及ぼす影響.体育学研究.
「体育学研究」早期公開のページにリンク
<コメント>私が博士課程まで所属していた研究室の後輩(第1著者)と指導教官(第2著者)による早期公開ホヤホヤの原著論文になります。テーマは「心理的プレッシャー下における運動制御機能」であり、特にこの研究では立位両足立ちの姿勢から前方のターゲットに対して、速さと正確性を求めた1歩踏み出し運動を実施させ、踏み出し動作を開始する直前の姿勢制御機能をCOP、筋放電(前脛骨筋、中臀筋)、キネマティクス(体幹角度や足部動作)、床反力といった指標から評価している点がオリジナリティーと考えられます。スポーツ選手の経験則から考えても、プレッシャーによって姿勢(バランス)制御が乱れ、その影響でプレーのパフォーマンスが低下するということは多々あるのですが、この現象を実験的に証明した研究は国内外を見渡してもありません。特にスポーツ選手にとって「バランス」というのは肝ともいえる、非常に大事な要素であり、この機能にプレッシャーがどのように影響するのかは私も非常に興味をもっています。この研究では、他者評価の存在するプレッシャー条件では非プレッシャー条件に比べて立位の初期姿勢段階で体幹が前傾し、予測的姿勢制御段階では前脛骨筋の筋放電量が増加し、後方床反力の増加が示されています。さらにこのような変化に伴い、反応時間や運動時間に変化はないのですが、踏み出す位置の正確性(ばらつき)が増大するというパフォーマンスの低下も示されています。考察ではこのような姿勢制御機能の変化の理由として、速さを求める運動方略が生じたことや、情動反応の作用によることなどが考察されています。また踏み出し動作の予測的姿勢制御や、その背景筋活動メカニズムも序論や考察で簡潔かつ分かりやすく解説されています。
2014年9月9日(火) No.67
Wood, G., Vine, S.J., & Wilson, M.R. (2013). The impact of visual iluusions
on pereption, action planning, and motor performance. Attention, Perception,
& Psychophysics, 75, 830-834. doi: 10.3758/s13414-013-0489-y
<コメント>エビングハウスの錯視図形(周囲にある配置された円のサイズが大小によって中心に置かれた円のサイズが大きくも感じ小さくも感じる)をゴルフのカップに利用し、ゴルフパッティングを実施させています。錯視図形に応じてカップを大きくも感じ小さくも感じるという錯視が生じ、大きく感じる条件に比べて小さく感じる条件ではパッティングの正確性も低下しています。錯視図形を利用し、運動を実施させることで、知覚と運動が乖離(知覚は騙されても運動は騙されない)していることを示した研究や、そうではなく知覚(錯視)に運動も引きずられてしまうことを示した研究など、この手の研究はたくさんあるのですが、スポーツスキルを題材に錯視と運動の関係を実証している点に私はこの研究の魅力を感じました。というのもスポーツの実場面では、錯視や知覚の歪み(野球でボールが早く見える、ゴルフでピンまでの距離が長く感じる)に引きずられてしまいミス(振り遅れて空振りをする、飛ばし過ぎてOBになる)をすることは多々あり、それが直接的に証明されており、スポーツ選手に話をする際に非常に分かりやすい研究結果に感じました。またこの研究では、ゴルフパッティング動作開始前からのクアイエットアイ時間
(quiet eye duration) もアイカメラを用いて測定し、カップが小さく感じる錯視条件ではクアイエットアイの時間が短くなることも示されています。このことから、脳内での運動プランニングの劣化が、錯視による運動パフォーマンスの阻害の背景にあるメカニズムの一つであることが考察されており、この手の研究にクアイエットアイという視点を盛り込んだ点もインパクト大に感じました。
2014年9月1日(月) No.66
Lawrence G.P., Khan, M.A., & Hardy, L. (2013). The effect of state
anxiety on the online and offline control of fast target-directed movements.
Psychological Research, 77, 422-433. doi: 10/1007/s00426-012-0440-1
<コメント>運動制御にはオンラインとオフラインの2つのシステムがあります。オンラインとは動作中に動作修正をしながら目標とする運動を実施するためのシステムであり、オフラインとは動作前の運動プログラムに依存したシステムになります。この論文ではリーチング課題を用いた2つの実験を用いて、他者との共同作業による賞金獲得やビデオカメラによる撮影といった心理的プレッシャーによって、リーチング運動のオフラインコントロールとオンラインコントロールのどちらが影響を受けるかについて調べられています。2つの実験とも、プレッシャー条件においてリーチング動作の初期段階では試行間の変動性に非プレッシャー条件に比べた変化はないものの、動作後半にはプレッシャーの影響で動作の変動性が大きくなっています。この結果は事前の運動プログラミングのオフラインコントロールにはプレッシャーが影響せず、動作修正のオンラインコントロールがプレッシャーによって機能しなくなることを意味すると結論づけられています。また序論と考察では、このような運動制御の背景にある注意機能として、注意狭隘、注意散漫、意識的処理との関連が系統だてて説明されており、意識的処理が原因であると考察されています。ただ、これらの注意機能に関する考察がほとんどであり、とてももったいない気もしました。オンラインとオフラインのモーターコントロールシステムからもっと深い考察が欲しかったです。
2014年7月29日(火) No.65
稲垣良介・岸 俊行(2014)着衣泳が小学生の水難事故に対するリスク認識と対策実行認識に及ぼす影響―救命胴衣を用いた授業を実践して―.体育科教育学研究,30,25-36.
<コメント>同僚の稲垣良介先生と岸俊行先生(両先生ともに福井大学教育地域科学部所属)が最近出された論文を拝見しました。筆頭著者の稲垣先生は水難事故をテーマに、その原因、リスクマネジメント、教育などの幅広い観点から研究や実践教育活動を進めておられます。とくに夏の暑いこの時期、痛ましい水難事故のニュースをテレビで見る機会も多くなっています。稲垣先生との話の中で、このような水難事故は日本は諸外国に比べて人口当たりの割合が高く、プールよりも海や川といった自然水中での発生が多いことや、着衣状態での事故がとても多いことを教えていただきました。泳ぐことを意図して水中に入っているときよりも、釣りや水遊びなどで衣類を着た状態で入水しているときの不意の事故がとても多いそうです。このような背景からも、いかに水難事故に関するリスクを知ることや、もしそのような事態が起こってしまったときに適切な対処行動がとれるようになるかが重要であることが伺えます。この論文では、小学校5年生の体育の授業時にライフジャケットを着用しての着衣泳を行い、その前後での水難事故のリスク認識や対策実行認識が質問紙法によって測定されています。また50日後にも同様の質問紙に回答することでの残存効果も調べられています。さまざまな結果が得られていますが、概して授業における着衣泳の直接体験がリスク認識や対策実行認識に有用であり、水難事故低減に繋げる一つの方法として提案がなされています。
2014年7月22日(火) No.64
奥村基生(2014)知覚トレーニングの適応範囲.体育の科学,64巻7号,503-507.
<コメント>近年、運動学習に関するスポーツ心理学研究では、スポーツスキルの熟達に関わる知覚運動行動を解明したり、その応用性を提言する研究が、国内外でかなり多く行われています。この解説では、知覚運動行動の熟達に関わる、オープンスキルとクローズドスキルの双方の視線行動が説明されており、それを基に視線行動や認知スキルを強化する方法としてQuietEye(クアイエットアイ)や知覚トレーニングの研究が紹介されています。最後にこのような知覚トレーニングの研究的さらには実践的な問題点や今後の提言がなされており、競技スポーツにこのようなトレーニングが浸透するに至るまでにはまだまだ色んな研究が必要なことを感じさせられました。
2014年7月14日(月) No.63
Mullen, R., Faull, A., Jones, E.S., & Kingston, K. (2012). Attentional
focus and performance anxiety: effects on simulated race-driving performance
and heart rate variability. Frontiers in Psychology. doi: 10.3389/fpsyg.2012.00426
<コメント>心拍変動(HRV: Heart Rate Variability)の中周波帯域(0.07-0.14Hz)は運動遂行に対する認知的負荷と関連しており、この値が大きくなると運動遂行に対する心的努力が少ないことを意味します。この研究ではこのHRVを計測しながら、ドライビングシミュレーションとして「グランツーリスモ」を16名の実験参加者に実施してもらい、カーブする時にコーナーを意識しながら運転する外的注意群と、カーブする時にハンドル操作を意識する内的注意群を設け、2日間の練習(2ラップ×2試行×8ブロック)の次の日に、非プレッシャー条件(2ラップ×2試行)と賞金10ポンドをかけたプレッシャー条件(2ラップ×2試行)が実施されています。結果としては、練習試行では統計的に両群においてラップタイムが減少し、練習試行全般に渡って外的注意群はラップタイムが短く、さらにはHRVや心拍数が小さいことが示されています。プレッシャー条件においてもラップタイムは両群が短くなる中で、外的注意群がラップタイムが速く、さらにはHRVや心拍数が小さくなっています。アブストラクトや考察における結果の解釈が、統計解析に基づく明快なものではなく、かなり注意を払う必要があるようにも思えました。プレッシャー下でHRVを計測している他の研究もそうなのですが、HRVは迷走神経活動などの影響も大きく受けるため、心的努力を客観的に純粋評価することはなかなか難しい指標のように感じています。この論文の著者らも考察において同様なことを指摘しており、今後の研究の課題と捉えています。
2014年7月7日(月) No.62
Wood, G., & Wilson, M.R. (2011). Quiet-eye training for soccer penalty
kicks. Cognitive Processing, 12, 257-266. doi: 10.1007/s10339-011-0393-0
<コメント>FIFAサッカーワールドカップ2014ブラジル大会も佳境に入ってきました。決勝トナーメントに入り、延長戦でも決着が付かずPK戦で勝利が決まる試合も出てきています。PK戦の様子をテレビで見ているとキッカーは極限の緊張状態にある姿が伺えます。基礎研究的にも実践研究的にもプレッシャー研究においてサッカーのPK課題を取り扱うことは非常に意義があるといえます。今日紹介する論文では、サッカーのPKにおける正確性の向上(いかにキーパーよりも遠い位置にゴールを決められるか)やプレッシャー下でのPKの成功率の向上に、以前より紹介しているQuietEye(動作開始前に1点に視線を固定する行為)のトレーニングが有効か検討されています。QuietEyeのトレーニングを積んだ群(10名)は、トレーニングをしない群(10名)に比べて、非プレッシャー条件でPKの正確性が向上し、さらには勝利チームには約20000円が与えられるというプレッシャーの中でのQEトレーニング群10名vs非トレーニング群10名のPK戦を実施し、QEトレーニング群が勝利したことが報告されています。QEにおける視線の固定位置がゴールの上隅を見るという方法であるため、実践場面ではキーパーに打つコースを読まれてしまうことにも繋がるため、この研究で用いられているQEを実践応用することに関しては注意を払う必要があるように感じました。このような問題点は含みながらも、サッカーPKにおけるあがり克服法の第1歩となる研究のように思いました。
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